6月22日
梅雨の中にいるとモンスーンアジアの住民だなあとつくづく実感してしまいます。
この季節が好きでない人も多いようですが、私はあまり不快だと感じたことは
ありません。
風が南シナ海の風を運んできているような気がして、妙に心が沸き立ってしまいます。
「地平線会議」ってご存じですか?
探検家、登山家、旅行家等の同人で月一回の報告会をもう
30年以上も続けています。
関野吉晴さんも私も会員です。
どなたでも、会員になれますし、月1回の報告会ではどこのメディアにも出ていないような
報告も聞かれますし、報告者を囲んでの親睦会もなかなか有意義です。
元気な日本人(外国人もいたかな?)に会えます!
良かったら、参加してみてください。
探検家、登山家、旅行家と漢字で書くと、ハードボイルドな感じですが、とっても気さくな会です。
http://www.chiheisen.net/
前置きが長くなりましたが、その「地平線会議」の通信に駄文を書きました。
じつは、ホームページで告知してある関野さんと私の対談(7月5日予定:於ポレポ東中野)は
ここに書かれていることから出発しそうです。
ちょっと長いですが、読んでいただけたら光栄です。
さらに、対談を覗きがてら、「puujee」を再度ご覧になってみませんか?
<地平線通信319/2006年6月17日発行号>
探検家関野吉晴さんの「グレートジャーニー」に同行するようになってから、もう9年になります。テレビ取材のディレクターとして、1998年夏の極東シベリアの湿地帯横断に始まり、2002年にアフリカに着くまで、さらに去年からは「新グレートジャーニー」でヒマラヤ地方から日本を目指す旅に同行しています。それは、私たちの祖先が地球上に拡散していったダイナミックでドラマティック旅の追体験でもあります。極東シベリアのツンドラを歩いている時、「ここは氷河期が終わった1万年前から全然変わっていないんだよね」と関野さんが発した言葉。足元の凍土をじっと見てしまいました。ここには初期人類が踏んでいった、そのままが残っている。そう感じました。ゴビ砂漠でも、ヒマラヤでも、サハラ砂漠でも同じように、祖先の旅を追体験する瞬間があり、そんな時、祖先たちが地球の果てまで広がっていけたのは、探検心、冒険心を失わない精神力と未踏の地に歩んでいける体力があったからこそだとイメージしました。
多分、その通りだったのでしょう。でも、それだけではなかったんじゃないかと最近は思うようになりました。人が人と出会うことによって引きおこされるエネルギーが、初期人類の旅を支えていたのではないかと。そのエネルギーとは、出会いを交流へと深めていく人間の優しさと、出会うことによってお互いを変化させていく力です。
そんな出会いのひとつをドキュメンタリー映画にしました。「puujee」というタイトルです。関野吉晴さんとモンゴル遊牧民の少女プージェーの出会いと交流を描いたものです。(ポレポレ東中野で7月7日まで上映中です。)
6歳にして自在に馬を駆り、牛の群れを追う女の子プージェー。馬に乗ったその足は馬の腹にも届いていません。まるで牛の背に止まった蝿のようです。足をぶらぶらさせながらも巧みにバランスを取り、馬を完全にコントロールしています。写真撮影に夢中になり、知らず知らず少女の仕事の邪魔をしてしまった関野さんをプージェーは睨みつけます。その目は、仕事に責任と誇りを持つ者の目です。
関野さんは遊牧民の理想像をプージェーの中に見たに違いありません。関野さんはプージェーの家に通い続けます。突然訪ねてきた異邦人をプージェーの家族は何の先入観も持たないで迎えてくれます。1度目、2度目、3度目と訪問が増えるにしたがって互いの壁はどんどん低くなり、家族のようになっていきました。ある時などプージェーの母は馬を1頭関野さんにプレゼントしようとします。アフリカまで行くのなら、馬が役立つだろうから持っていけ、と言うのです。この時、プージェーの家は家畜泥棒に遭い大切な馬の半分以上を失っていました。モンゴル遊牧民にとって馬は乗馬用に止まらず、その乳から作る乳製品は主食のひとつでもあります。ですから、馬を盗られるということはそのまま飢えを意味します。そんな苦境なのに、遠くまで旅をする関野さんに馬を持っていけと言う。そのような旅人に対する優しさは、世界中にまだまだ残っているようです。
ただし、出会いは時には思いもよらぬ方向に人を変化させてしまいます。プージェーは関野さんによって日本を知り、関野さんに同行していた通訳の女性に憧れるようになり、ついには日本語の通訳になる夢を持つに至ります。遊牧民の理想像に惹かれて通ってくる関野さんによって皮肉にも遊牧民ではない将来を選択するようになってしまったのです。
不用意に接触してしまうと、その民族特有の文化を壊してしまうこともあるから、旅の道具である文明の利器、カメラやラジオさえ見せるべきではない、という考え方がかつてありました。しかし、そういう考え方はもう時代にそぐわなくなっています。グローバリズム旋風がもっと根本的に文化を変えつつあるのですから。
プージェーは日本語の通訳になった後、再び草原に戻ったかもしれません。その時にはプージェーは日本の行き詰まった社会に辟易として、かつては限界を感じていたモンゴルの草原の暮らしにこそ未来があると思ったかもしれません。時を経るに従って、人間の価値観は変化し成長しうるものだと思います。そのように、人類はお互いに変化させあって進化してきたのではないでしょうか。そして、人間にとって本当に必要なものが残った。人と人が出会い、変化させあって、あらたな価値観を育てていく。それが、人類がアフリカを旅立って南米の南端にまで広がっていった「グレートジャーニー」の現場で起こっていたドラマではなかっただろうか、そんな感慨を覚えていますが、どうでしょうか。(山田和也)