スタッフ日記

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2007年07月15日
ライチーとランプータン

ベトナムの宴席は気配りに満ちている。
米の焼酎をグラスに一杯。まず自分が半分飲み、
残った半分を相手に差し出す。一応飲む前に、
杯を渡す相手を指名する習わしらしい。
グラスに酒を満たし、相手の方に突き出すようにしながら、
目で「飲んでね」とサインを送る。送られた方は鷹揚にうなづきを
返すか、あわてて隣の人を指さして逃げたりするわけだ。

本題は杯を干した後。一杯飲むと、隣からランプータンが差し出される。
「こうすると酔わないよ」と目が言っている。
そして、次の一杯。今度はライチーが渡される。
ランプータン、ライチーと交互に来る。
気配りにあふれているなあと思っていると、もう少し意味が深かった。

ライチーはベトナム北部でしか採れず、ランプータンは南部でしか採れない
のだそうだ。ただし旬は同じ時期。南からランプータンが北に運ばれ、
北からはライチーが南に運ばれる。
この二つの果物がベトナムの食卓にさりげなく並んでいるのは、
あの南北に分かれた長い戦争に勝利した故であったのだ。
「意識してこの二つの果物を食卓に並べているんですか」と聞いてみた。
「ふふふ」と和やかな笑顔。
そうか、あの徹底したゲリラ戦だもの、
ライチーやランプータンを運ぶことなど、武器を運ぶことに比べれば
お茶の子さいさいだったんだろうね。
(やまだ)

2007年07月13日
大間違い

昨日の話、全然違っていました。
確認せずに書いてはいけませんね。
実際はこういう感じでした。
場所はホーチミン市から国道1号線を南下すること75km。
Bac村(Ap Bac)にその記念碑はありました。
「草むらに埋もれている」という情報はあながち嘘とも言い難く、違いは雑草ではなく
稲穂の中にあったのです。つまり水田の中。草取りをしている人々の背後に点々と
無秩序に並んでいたのです。アメリカのハイウェイ沿いに立っているビルボードみたいな
看板状のもの、よく見ると、戦車の形やヘリコプターの形になっており、それぞれ火の手が
上がっているように描かれています。つまり、解放戦線ベトコンが撃破した米軍の戦車やヘリコプター
を模しているのです。それらが攻撃を受け爆破されたそれぞれの場所に1機、1台ずつ
ビルボードの形になって立っているのです。稲穂の中に誇らしげに。
ベトナム戦争が風化したどころかむしろこのBac村の場合は生活の中に溶け込ませて、
いつまでも忘れないぞという覚悟のように見えました。
聞いたところによると、Bac村は1963年1月2日解放戦線と米軍(まだ、軍事顧問という立場だと思いますが)
が初めて戦火を交えた場所で、攻めてきたベトナム政府軍と米軍4000名を解放戦線350名が追い返したと
いうことです。米軍の近代的な戦車やヘリコプターに対してベトコン側は重機関銃1丁と手榴弾そして竹槍で
戦ったそうです。この戦い方がその後のベトコンの戦法として定着、1975年の勝利に結びついたというわけです。
やはり、物事は現場に来てみないと分かりませんね。
昨日の印象はまったく思いこみによる誤解でした。
(やまだ)

2007年07月12日
グレートジャーニーベトナム篇

グレートジャーニーベトナムロケが始まる。
準備のためにホーチミン・シティにやってきた。
もう、ベトナム戦争なんか知らないと言う世代が増えているようで、
表面的には戦争の傷跡もなくエネルギッシュに町はうなりをあげている。
明日、まずやることは、すでに草むらに埋もれてしまったという戦闘記念碑を
捜すこと。旧サイゴン郊外にある激戦地なのだが、もう、日常のなかには
そういう戦争の記憶は存在していないかのようだ。これが平和ということなのかな。
同じように、日本では平和憲法という戦争が生み出した唯一の宝物を
ないがしろにしようとしている。平和のオワリ???


山田 和也 監督作品
2006年/日本映画/長編ドキュメンタリー/カラー/110分/puujee製作委員会
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