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      <title>プージェー オフィシャルサイト | BLOG</title>
      <link>http://puujee.info/blog/</link>
      <description></description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2008</copyright>
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         <title>「puujee」上映会</title>
         <description>グレートジャーニーの放送が終了し、次回取材開始まで間があるので、 
いきなり時間が出来てしまいました。 
と言っても貧乏暇無しで、「puujee」上映会がたてつづきに予定されています。 
まず、今月２０日の高知上映会。これは、「puujee」製作員会初の自主上映会です。採算ラインは５００名の観客を動員すること。
かなり大変。高知は私の故郷なので、同級生、先輩の力を借りての宣伝活動中です。先週は月火の２日間で高知新聞、高知放送（テレビ）、高知放送（ラジオ）、テレビ高知、さんさんテレビ、ＮＨＫ高知とタレント並みのスケジュールでインタビュー出演してきました。
監督は宣伝部長と言いますが、まさにその通りの毎日です。 
上映会をやられたことがある人はお分かりだと思いますが、雑用の連続です。 
とは言え、上映会は観ようとしてくれる人、見せようとしてくれる人の熱意に直接触れることが多いのでとても励みになります。
費用対効果が低いのが貧乏人には辛いところですが・・・（笑）こうやって次回作へのエネルギーを頂いているんだとつくづく思います。資金集めを開始して、次回作「Dolpo」の最終ロケに挑む決意を新たにしている今日この頃です。 

さて、上映会のお知らせ。（一部、以前にもお知らせしていて重複しています。すみません。） 

４月２０日・高知カルポート：①１０：００　②１３：００ 
４月２４日・東京　下高戸シネマ：２０：４５ 
　　　　　　　　　　　　　　　（優れたドキュメンタリー映画を観る会） 
５月４日、５日・東京　光が丘公園視聴覚室 時間未定（ハワリンバヤル08） 
５月２２日〜２８日　ソウル（第５回ソウル・グリーン映画祭） 

ご覧いただけたら幸いです。 
山田和也 </description>
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         <pubDate>Wed, 16 Apr 2008 11:13:30 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>グレートジャーニースペシャル放送決定</title>
         <description>ご無沙汰しています。
　
　２００５年秋からあしかけ３年のあいだ続いていた関野吉晴さんの旅がようや
く終わりました。ヒマラヤの南、ネパールから日本まで人類が広がってきたルート
を辿る旅でした。途中、アッサムからミャンマーへは情勢不安定のため通過できず、
急遽ルートを変更、ヒマラヤの北側に回り、チベット高原にあるメコン川の水源か
らメコン川に沿ってインドシナ半島を縦断、その後中国を横断し、朝鮮半島から日
本に到達しました。自由行動は出来ませんでしたが北朝鮮も訪れました。
その旅をドキュメンタリーにして放送します。
「puujee」も相変わらず元気に頑張っています。１月にアメリカのサンダンス映画
祭にノミネートされて以来、いろんな国から映画祭に参加するようお誘いを受ける
ようになりました。その中で、現在以下の２つ映画祭に入賞、コンペティション部
門にノミネートされました。受賞は無理かも知れませんが、いろんな国で「puujee」
を観てもらえるのは光栄なことです。



「新グレートジャーニー
　日本人の来た道・南方ルート　
　〜ヒマラヤ・日本１５０００キロ〜」
３月２１日（金）夜９時１５分〜１１時３７分：フジテレビ系列にて全国放送


「puujee」
３月７日〜１６日　　Thessaloniki　ドキュメンタリー映画祭
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（ギリシャ・アテネ）公式ノミネート

４月３日〜１５日　フィラデルフィア映画祭
　　　　　　　　　　　　　　　　　（米・ペンシルバニア州）公式ノミネート

４月２０日　「puujee」製作委員会自主上映会＊関野吉晴トークショー有り＊
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（高知市かるぽーと）
　　　　　　　　　　　　　　　　　　
４月２４日　優れたドキュメンタリー映画を観る会　（東京・下高井戸シネマ）
（やまだ）</description>
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         <category></category>
         <pubDate>Thu, 13 Mar 2008 09:34:39 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>サンダンス映画祭に行ってきました</title>
         <description>１月17日から27日まで、アメリカ・ユタ州パークシティで開かれたサンダンス映画祭に「puujee」がノミネートされ、出かけて行きました。サンダンス映画祭はクエンティン・タランティーノ、ジム・ジャームッシュ等、インディペンデント系作品の映画祭として有名です。日本では知名度が低いのですが、アメリカではアカデミー賞よりも高く評価する人も多くなってきたそうです。また、この映画祭は劇映画とドキュメンタリー映画を同じウェイトで扱っていることでも有名です。そんなところに呼んでいただけるのは大変光栄なことでした。

前置きはそのくらいで結果を言いますと、受賞は逃がしました。
また、賞よりも期待していたアメリカでの配給も決定打が出ず、これからの交渉が必要です。
さらに、かなり楽しみにしていた世界一のパウダースノーといわれる会場近くにあるゲレンデでのスキーは、時間があるときは必ず吹雪、上映やミーティングで忙しい日は快晴無風・・・

呪われたサンダンス？

いえいえ、とても素敵でした。

「puujee」を含め、海外ドキュメンタリーコンペティション部門のファイナリスト16作品が選ばれ、期間中それぞれ５回ずつの上映がありました。「puujee」は毎回満席。
上映後のＱ＆Ａコーナーでは質問が途切れることはありませんでしたし、街を歩いていても「puujee良かったよ！」と声をかけられることしきりでした。主な反応は、「プージェーのお父さんはどうしたの？」「映画にしたきっかけは？」「人生について考えさせられた」「プージェーの家族の団欒が幸せそうだった」
共通しているのは、みんなプージェーのことが好きになったことです。だから、エンディングで泣いている方が目立ちました。

パークシティは高級リゾートで、観客はインテリやハイソサエティが多いのですが、モンゴルのことを知っている人が極めて少ないことが驚きでした。まして、アメリカのグローバリズムがモンゴルの草原を破壊しているということなど思いもよらないわけで、今後「puujee」がそういう意識を喚起してくれるとうれしいと思います。一方、私たちのような庶民も多く観に来てくれています。それは１４００名にのぼるボランティアたち。彼らの反応は「touchy（心が揺れた）」「special」「amazing」等々。ボランティアではありませんが、モンゴルから出稼ぎに来た若者から「よく作ってくれた！」と声をかけられたのがうれしかったです。彼はアメリカ滞在９年目、日本食レストランで働いていて故郷には帰っていません。

期間中は、街で声をかけらたり、サインを求められたり、写真を撮られたりで、品行方正な毎日でした。なにしろ、バーで酒を頼むと、オネエサンが「観たわよ」ときますから油断大敵です。 

海外ドキュメンタリー部門の受賞作は、審査員賞（所謂グランプリ又は作品賞の位置づけ）、観客賞（観客の投票等にによる）共に「Man on  Wire」（イギリス作品）が受賞しました。この作品は１９７４年にフランスの軽業師　Philippe　Petitとその仲間たちよって敢行さたニューヨーク・貿易センタービルのタワーからタワーへの綱渡りの裏側を描いた映画です。ユーモアと権力に対する風刺に満ちた作品でした。インタビューがおもしろいのとアメリカ人が９・１１を冷静に受け止められるようになった故の受賞でしょうか。
プロっぽい演出の作品でした。

海外ドキュメンタリー部門監督賞は「Durakovo」（フランス作品）。ロシアで台頭しつつあるファシストの日常、ロシア正教との繋がり、社会からドロップアウトした人たちの更生施設での洗脳の様子、そして、こういうナショナリズム台頭の背景にプーチン大統領の秘密警察時代のネットワークが未だに健在で機能しているというとても危険な現状を潜入取材で伝えています。監督はNino Kirtadze　、チェチェンやアルメニア、アルゼバイジャンなどの内戦を取材してきたジャーナリストです。
これは力作でした。まだ未公開。ロシアの反発が気になる作品です。

受賞はしませんでしたが、中日合同作品「Yasukuni」(Li Ying監督　堀田泰寛撮影)は、
今後問題作になると思います。４月に中・韓・日同時公開予定。靖国問題以前に厳然として存在している天皇の戦争責任について中国人の監督が厳しく詰め寄っている作品で、大きな話題を呼びそうです。李監督に話を聞きました。
山田「厳しすぎないか？」
李「僕から日本へのラブレターですよ」
山田は「ラブレター」の意味が良くわかりました。みなさん、公開をお楽しみに！
観るべき映画です。

最後に、授賞式でグランプリ作品のプレゼンターを務めたタランティーノ監督の言葉が印象的でした。
「賞なんて重要じゃない。私の“デザボアドックス”も賞はもらえなかった。ここまで来たみんなが賞賛されるべきなんだ。サンダンスは映画を愛する人のためにある」
実際はもっとかっこいいことを言ったはずですが英語なのでよくわかりませんが、受賞を逃したわれわれにはとてもうれしい言葉でした。

その言葉を象徴するように、サンダンスを去る日、フェスティバルの後片付けをしているボランティアたちから、「congratulation！」と声をかけてもらいました。

「puujee」は次ぎにアテネの映画祭に行く予定です。
そして、４月２０日（日）にはpuujee製作委員会として初めて主催する上映会を高知で行います。関野吉晴さんも参加してくれます。ご協力よろしくお願いします。
（やまだ）</description>
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         <pubDate>Thu, 31 Jan 2008 02:37:49 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>製作員会からお知らせ</title>
         <description>みなさま、こんにちは！
ご報告が遅れましたが、
★ＥＩＤＦ２００７（韓国ＥＢＳ国際ドキュメンタリー映画祭）グランプリ受賞★
韓国のテレビ局ＥＢＳが主催するインターナショナルドキュメンタリー
フェスティバル（ＥIDF）。
74ヶ国から合計292本の作品がエントリーされ、８月27日から
９月２日までの１週間、24作品が会場上映、58作品がテレビ放送され、
各国から集まった映画・放送関係者よる審査が行われ、
同時にインターネットでも視聴者による人気投票が行われました。
審査の結果は審査員全員一致で決まり、インターネットの
人気投票も６票差で２位だったそうです。
プージェーとプージェーの家族の生き様や彼らがおかれている状況が
強く韓国の人達の心の中に残ったこと。
また、映画の中に込めた色んなメッセージが、言語や民族を超えて伝わったとしたら、
本当にうれしいことです。感謝！！

☆上映のお知らせ☆
★京都シネマにて上映中

10/20(土)〜11/2(金)　10：30〜 ※10/27〜上映時間変更
10/26（金）27（土）上映終了後、山田和也監督のトークがあります。
京都シネマ：京都市下京区烏丸通四条下ル西側 COCON烏丸3F 
ＴＥＬ：075-353-4723
JR京都駅から、地下鉄国際会館行き方面、四条駅下車すぐ。
地下鉄四条駅北改札2番出口
阪急梅田から、京都線烏丸駅下車。西改札から、23番出口
http://www.kisaragisha.co.jp/kyotocinema/
★2007　ＳＡＰＰＯＲＯ　秋の図書館フェスティバル「プージェー」上映会
１１月３日（土）１０：００／１４：００
会場：札幌市中央図書館３階講堂　TEL：０１１−５１２−７３３０
　札幌市中央区南２２条西１３丁目１番１号
　料金：無料
　問合せ：札幌市中央図書館業務普及係　TEL：０１１−５１２−７３３０
http://www.city.sapporo.jp/tosyokan/
★記録映画「プージェー上映会」
１２月１日（土）１３：３０〜／１５：３０
会場：オホーツク・文化交流センター　エコーホール
　網走市北２条西３丁目　TEL:０１５２−４３−３７０４
　料金：無料
　問合せ：（財）北方文化振興協会　伊藤和宏
TEL：０１５２−４５−３８８８　http://hoppohm.org/
（ほんじょ）</description>
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         <pubDate>Tue, 23 Oct 2007 15:41:05 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>新グレートジャーニー編集開始</title>
         <description>１０月４日、関野吉晴さんが朝鮮海峡をカヤックで横断。
ベーリング海峡や宗谷海峡等々数々の難関をアシストした渡部淳一郎さん。
荒れることで有名な朝鮮海峡がその日はまったくの無風快晴。伴走船の船長さんが
「たらいの中」と表現してしまうほどのベタ凪。いつもながら関野さんの強運はすごい。
というわけで、１０月末からいよいよ新グレートジャーニーの編集。編集室に通う毎日が
来年２月アタマまでは続きます。

缶詰になる前にと、南アルプスの北岳に向かいました。年甲斐もなく、バットレス４尾根
という岩綾のクライミングです。いや、むしろ、年のせいかな。
動けなくなる前にやりたいことをやっておかなければという、中年独特の焦りのような
情念が重い身体をひきずっての登山をさせているのかも知れない。
恐れながら、関野さんが１５年前にグレートジャーニーという大探険を始めた動機も
同様だと聞いたことがあります。関野さんと比べては失礼ですが。

北岳バットレス。結果は、悪天候で撤退。
実は７月にもトライしているので２度目の敗退です。
年取って良いことの一つは、無理をしなくなること。
登攀開始時刻のデッドラインまでに天候が回復しないとみるや、
目的を「温泉＋馬刺＋七賢の熱燗」に切り替えられるところが年の功！
さっさと下山したのでありました。
もしかしてバットレスを覆っていたガスがとれたかもと後ろを振り返ったりとか、
時計をにらんで後１時間は待てるかなと考えたりとか、
ツェルトも軽量羽毛服も非常用の燃料も持ってきたから
途中でビバークもできると思ったりとか、
そういう未練がましいことは、もちろん、いっさいせず、
晴れ晴れした心境で下山！
とは行かなかったなあ。
悔しいなあ。
次回こそ・・・・・

ところで、「puujee」の英語字幕版完成です！！！
大きな期待はもたずにあちこちの国際映画祭に出してみます。
外国の人々にモンゴルの現状やプージェーと家族の生き様を知っても
らうだけでも本望ですからね。

（やまだ）</description>
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         <pubDate>Wed, 17 Oct 2007 13:03:07 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>東京ー阿倍野ーソウル、そしてサンダンス映画祭へ</title>
         <description>新グレートジャーニーはようやく朝鮮半島の南端釜山まで到達。
後は対馬海峡を渡るのみです。
ということで一時期帰国中です。
韓国滞在中に韓国のEBS国際ドキュメンタリー映画祭で「puujee」がグランプリを受賞するといううれしい事件が起きました。
７４ヶ国から参加したドキュメンタリー２９２本がまず５８本にしぼられ、韓国の教育チャンネルEBSで連日連夜１週間にわたって放送されました。「puujee」もこの中に入り、さらに最後の１２本にも選ばれてしまいました。
残った作品は、韓国、中国、タイ、アメリカ、カナダ、ロシア、ニュージーランド、イスラエル、デンマークと世界中から集まった力作ばかり。
「puujee」は放送後、視聴者の反響がダントツに良く、テレビ局への書き込みが一番多くなっていましたので、「観客賞」というのは頂けるかなと思っていましたが、最終日のしかも映画祭終了直前に、韓国の干潟閉め切り（諫早湾とまったく同じ愚行）を
告発した、とても意識の高い作品
「To LiveーSaveOurSaemankum」にわずか６票差でに抜かれました。
生放送されている授賞式の会場で、知り合いになった監督たちの作品が次々に受賞するのを見守りながら
「でも、来て良かったね」
とプロデューサーの本所と虚脱していると、
突然プレゼンターの「puujee」の声。
まさか、まさかのグランプリでした。
仲良くなった監督たちやボランティアの若者の大声援に背中を押されながら、やっとの思いでステージに上がりました。
アフリカはビクトリアの滝にあるデンジャーポイントという岩稜を初トレースした時以上に膝ががくがく。
プレゼンターのインタビューがまた難しい。
「こういうドラマティックな出来事に出会った時、監督はどういう気構えで撮影を続けるのか？」
突然で、しかも英語で、通訳無し。
無理。
何を話したのか分かりませんが、美人のプレゼンターの顔がみるみる曇っていったので、支離滅裂であったことだけは間違いありません。仕切り直し的な大きな音楽が流れてくれて、解放されました。
事後、審査員長であったサンダンス映画祭のディレクターGeoffrey Gilmore さんやテレビでよく見かける米ＡＢＣのキャスターLee Ann KIm さんらに、個人的に評価をいただきました。
異口同音に曰く。
「とてもユニバーサルな映画だ」
嬉しいですね、これは。
「puujee」は、かなり説明の少ない映画です。それでもちゃんと伝わってくれたんですね。
日本から参加した審査員、NHKの村田秀夫氏が私の気持ちを見事に代弁してくれました。
「国や民族が違っても感性は同一なのだと言うことを確認できて嬉しい」と。
感動的な映画祭の幕切れでした。
思えばこの映画祭に参加できたのは、今年３月に東京で開かれた　EARTH VISION地球環境映像祭に参加した時、「puujee」を
好きになってくれた韓国EBSのGunny Hyoungさんが参加を勧めてくれ、その後も事務手続きが苦手な私たちを見限ることもなく、お尻を叩き続けてくれたおかげです。
今回は直前に大阪の阿倍野ニューマンドキュメンタリー映画祭にゲストとして参加して、そのままソウルの映画祭に参加という映画祭のはしごでした。映画祭マニアになったわけではありませんが、今回お知り合いになったサンダンス映画祭にも参加することにしました。世界のインディペンデント映画の祭典です。
参加することに意義ありというやつです。
はたして、ノミネートできるかどうか？
どうかご声援下さい。
（やまだ）</description>
         <link>http://puujee.info/blog/2007/09/post_35.html</link>
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         <category></category>
         <pubDate>Fri, 07 Sep 2007 17:11:56 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>ライチーとランプータン</title>
         <description>ベトナムの宴席は気配りに満ちている。
米の焼酎をグラスに一杯。まず自分が半分飲み、
残った半分を相手に差し出す。一応飲む前に、
杯を渡す相手を指名する習わしらしい。
グラスに酒を満たし、相手の方に突き出すようにしながら、
目で「飲んでね」とサインを送る。送られた方は鷹揚にうなづきを
返すか、あわてて隣の人を指さして逃げたりするわけだ。

本題は杯を干した後。一杯飲むと、隣からランプータンが差し出される。
「こうすると酔わないよ」と目が言っている。
そして、次の一杯。今度はライチーが渡される。
ランプータン、ライチーと交互に来る。
気配りにあふれているなあと思っていると、もう少し意味が深かった。

ライチーはベトナム北部でしか採れず、ランプータンは南部でしか採れない
のだそうだ。ただし旬は同じ時期。南からランプータンが北に運ばれ、
北からはライチーが南に運ばれる。
この二つの果物がベトナムの食卓にさりげなく並んでいるのは、
あの南北に分かれた長い戦争に勝利した故であったのだ。
「意識してこの二つの果物を食卓に並べているんですか」と聞いてみた。
「ふふふ」と和やかな笑顔。
そうか、あの徹底したゲリラ戦だもの、
ライチーやランプータンを運ぶことなど、武器を運ぶことに比べれば
お茶の子さいさいだったんだろうね。
（やまだ）
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         <link>http://puujee.info/blog/2007/07/post_33.html</link>
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         <pubDate>Sun, 15 Jul 2007 20:43:03 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>大間違い</title>
         <description>昨日の話、全然違っていました。
確認せずに書いてはいけませんね。
実際はこういう感じでした。
場所はホーチミン市から国道１号線を南下すること７５ｋｍ。
Bac村(Ap Bac)にその記念碑はありました。
「草むらに埋もれている」という情報はあながち嘘とも言い難く、違いは雑草ではなく
稲穂の中にあったのです。つまり水田の中。草取りをしている人々の背後に点々と
無秩序に並んでいたのです。アメリカのハイウェイ沿いに立っているビルボードみたいな
看板状のもの、よく見ると、戦車の形やヘリコプターの形になっており、それぞれ火の手が
上がっているように描かれています。つまり、解放戦線ベトコンが撃破した米軍の戦車やヘリコプター
を模しているのです。それらが攻撃を受け爆破されたそれぞれの場所に１機、１台ずつ
ビルボードの形になって立っているのです。稲穂の中に誇らしげに。
ベトナム戦争が風化したどころかむしろこのBac村の場合は生活の中に溶け込ませて、
いつまでも忘れないぞという覚悟のように見えました。
聞いたところによると、Bac村は１９６３年１月２日解放戦線と米軍（まだ、軍事顧問という立場だと思いますが）
が初めて戦火を交えた場所で、攻めてきたベトナム政府軍と米軍４０００名を解放戦線３５０名が追い返したと
いうことです。米軍の近代的な戦車やヘリコプターに対してベトコン側は重機関銃１丁と手榴弾そして竹槍で
戦ったそうです。この戦い方がその後のベトコンの戦法として定着、１９７５年の勝利に結びついたというわけです。
やはり、物事は現場に来てみないと分かりませんね。
昨日の印象はまったく思いこみによる誤解でした。
（やまだ）</description>
         <link>http://puujee.info/blog/2007/07/post_32.html</link>
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         <category></category>
         <pubDate>Fri, 13 Jul 2007 19:18:29 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>グレートジャーニーベトナム篇</title>
         <description>グレートジャーニーベトナムロケが始まる。
準備のためにホーチミン・シティにやってきた。
もう、ベトナム戦争なんか知らないと言う世代が増えているようで、
表面的には戦争の傷跡もなくエネルギッシュに町はうなりをあげている。
明日、まずやることは、すでに草むらに埋もれてしまったという戦闘記念碑を
捜すこと。旧サイゴン郊外にある激戦地なのだが、もう、日常のなかには
そういう戦争の記憶は存在していないかのようだ。これが平和ということなのかな。
同じように、日本では平和憲法という戦争が生み出した唯一の宝物を
ないがしろにしようとしている。平和のオワリ？？？</description>
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         <pubDate>Thu, 12 Jul 2007 23:09:42 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>虹を巡る物語</title>
         <description>昨夜（６月２４日）下北沢で「虹を巡る物語　第１話」という語りと音楽のライブパフォーマンスが
行われ、私もトークゲストとして参加してきました。
野島健児さん沢口千恵さんの語り、石橋優子さんのボーカル、そして小嶋さちほさんのハープ。
（小嶋さんはあの伝説のミュージシャンどんとさんの奥さん）
優しく穏やかな空気に包まれて、とても心地よい時間を過ごせました。
そう、お知らせしましたように、このライブのなかでプージェーの詩が歌われました。
ミュージシャンでもある野島さんの詩にお仲間が曲をつけてくれたものです。
お二人とも映画「puujee」をご覧になったその夜に一気に書いてくださったのだそうです。
優しい曲かなと思っていたのですが、力強いビートで進むまさしくプージェーの生き方
そのもののような詩でした。
あの映画からこういう力強さを感じ取っていてだいて、作り手としては大感激！
近くレコーディングの予定だそうです。またお知らせします。
（やまだ）</description>
         <link>http://puujee.info/blog/2007/06/post_30.html</link>
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         <pubDate>Mon, 25 Jun 2007 10:38:33 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>嬉しいニュース・・・プージェーの詩</title>
         <description>また、しばらくさぼってしましました。相変わらずだらしなく日常に翻弄されてます。 
毎年４月下旬から６月末までは日本映画学校で講師をさせてもらっていて、かなり
熱中してしまいます。
嬉しいニュース・・・・ 
声優でミュージシャンの野島健児さんが「puujee」を観てくださり、プージェーの詩を書き、
曲をつけてくれたそうです。 
私もまだ聴いてません。 
でも、それだけで大感動！ 
野島さん、ありがとうございます！！！ 

以下のイベントで演奏されるようです。 
「謡（うたい）?ねむるまえのゆめ?」のコーナーです。 
よろしかったらお運び下さい。 
私もちょこっと出演します。 

★三人の語り手が織りなす言葉の空間「虹を巡る物語　第一話」 
「虹の音」語りと音楽の時間　「謡（うたい）?ねむるまえのゆめ?」作・演出　野島健児／
「ＣＨＡＲＭＳ」出演　沢口千恵／ゲスト　鈴木利宗／スペシャルゲスト　山田和也 
日時：６月２４日（日）１８：００（開場１８：００） 
会場：下北沢・風知空知　TEL：03-5433-2191 下北沢駅南口より徒歩３分　　http://www.fu-chi-ku-chi.jp/index.html 
問合せ：http://aya.kikirara.jp/</description>
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         <pubDate>Tue, 19 Jun 2007 23:32:45 +0900</pubDate>
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         <title>「山踏み」しませんか？</title>
         <description>私が参加している伐採ボランティア（人工林の環境改善）グループでこのほど「森林療法」のセミナーを開きます。
上原巌（東京農業大学森林総合科学科准教授）さんのレクチャーを受けながら森林の癒し効果を体験するという
セミナーです。
実際には、スギ、ヒノキの人工林にそま道を造る、「山踏み」という作業を楽しむイベントです。
肉体作業を楽しむって変に聞こえますが、やってみると没頭してしまい、相当ストレスが発散されます。
実は、私は作業の後の一杯が無上の楽しみなのですが。
イベントの内容は以下の通りです。ちょっと長いけど貼り付けます。
ご興味のある方はgotansha@mail.goo.ne.jpまで詳細をお尋ね下さい。

＜緑の募金公募事業＞
森林療法で考える、森づくり、人作り
「山踏み〜癒しに続く森の道〜」
上原先生の講演タイトル：〜森林療法最前線〜
主催：五反舎（森林ボランティア市民グループ）
講師：上原巌（東京農業大学森林総合科学科准教授）　　
参加対象者：医療福祉関係者および、森林療法に興味のある方

【実施日程】
２００７年　６月２日（土）9：00　～　３日（日）15：00 ＜一泊二日＞
【実施場所】 高尾青年の山（東京都八王子市南浅川町2905）
【宿泊】 高尾グリーンセンター（同住所）
【募集人数】 ２０名（先着順）。
【参加費】 10,000円（講演資料代、宿泊費、保険費、三食含む）
【集合／解散】
集合：京王高尾山口駅 ６月２日（土）9：00
解散：京王高尾山口駅 ６月３日（日）15：00
【用意するもの】
◎一日目の昼食・飲み物
◎山で作業ができる服装（長袖・長ズボン）
→汚れますので、行き帰りの服装とは別にご用意いただくことをお勧めします。
◎滑り止め付き軍手
◎保護メガネもしくはゴーグル(あれば)
◎汗拭き用タオル、手ぬぐいなど
◎斜面を歩ける靴（しっかりした運動靴、地下足袋、登山靴。長靴がベスト）
◎洗面用具
◎寝間着
◎着替え
◎水筒またはペットボトル
◎雨具

【口上】
森林療法の第一人者である上原巌さんと共に、森林の癒し効果について考える試みです。
　一泊二日のプログラムで、森の斜面に道づくりを中心とした山作業を体験します。
森の手入れにもつながる道づくりという活動にどのような癒しの効果があるのでしょうか。
　夜は上原先生による、森林療法の最新情報をお伝えいたします。

【プログラム概要】
＜1日目＞
*ワークショップ開始前に上原先生による簡単なレクチャー
*林内での作業に対応したオリジナル体操
*ストレスチェック
*森の道づくりのワークショップ
*上原先生の森林療法に関する講座
*交流会
＜2日目＞
*道づくりのワークショップ(続き) 
*ストレスチェック
*上原先生によるまとめ

【申し込み】
E-mailにて下記内容を送信ください。
宛先：gotansha@mail.goo.ne.jp
件名：山踏み参加希望
本文に以下をお書きください
１．	このイベントを知ったサイト、紙誌名
２．氏名、年齢、性別
３．住所、電話番号、e-mailアドレス、緊急時の連絡先
４．所属団体（あれば）
　　　　　５．血液型、持病（差し支えなければ）
　　　　　６．現地への交通手段（電車・車）　
　　　　　７．このイベントに期待すること
　　　※個人情報保護方針
　　　　お申し込み時に連絡いただいた個人情報は、このイベントの運営のためのみに使用
します。許可なく第三者に開示することはいたしません。</description>
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         <pubDate>Wed, 09 May 2007 11:41:06 +0900</pubDate>
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         <title>青原さとし監督の「望郷」を観る</title>
         <description>青原監督のドキュメンタリー「望郷ー広瀬小学校原爆犠牲者をさがして」を観た。ずんとこたえる映画でした。 
青原監督が生まれ育った広島市広瀬小学校周辺に限定して丹念に被爆の体験を聞き集めた記録。電気屋さん、氷屋さん、魚屋さん・・・・１９４５年８月６日午前８時１５分、原爆が無慈悲に破壊したのはその瞬間まで続いていたごく普通の市民の暮らしだったということがものすごい説得力で伝わってきました。やはり、あれこそテロです。 
核兵器の恐ろしさが爆発の瞬間の巨大な破壊力だけではなく放射能が死ぬまで被爆者を苦しめるという、つまり現時点でも６２年間という長い年月の間人々の生活を破壊し続ける兵器であること。そして、原爆症を発症するかも知れないからという理由で就職や結婚の妨げになるなどの差別を受け続けてきた被爆者の日常が伝わってきました。まだ、核による破壊は続いているのだということなのです。 
作品そのものもさることながら、青原さんの地域に密着した映画作りの可能性が素晴らしいなと思いました。
「原爆ドームも記念公園も自分にとっては被爆のシンボルではない。爆心地から１ｋｍの自分の故郷や近所のおじさんおばさんの心の中に原爆の傷跡が嫌と言うほど残っている」
という青原さんの言葉に、原爆ドームや平和記念公園、広島平和記念資料館だけに原爆の歴史を封じ込めているのではという疑念さえ浮かんできてしまいました。
というのは、やはり青原さんから聞いた話ですが、他県からきた修学旅行生が平和記念公園に来て、「こんな、人のいないところに原爆が落ちて良かったですね」と言ったとやら。何か、とんでもない方向に風化が始まっていると思いました。
さらに、青原さんから聞いた話。
「広島市内にはまだ多くの遺体が埋まっている。遺体の上をそのままコンクリートやアスファルトが覆いビルが建っている。広島そのものが墓場なんだ」
この話を聞いたアフリカのミュージシャンが広島を訪れた時、新幹線の中で靴を脱ぎ、そのまま素足で広島を歩いたそうです。
被爆者がいわれのない差別を受けていることはあまり伝えられていません。被爆者は自らの被爆体験を語ることは希でした。被爆について語っているのはいわゆる「原爆の語り部」と言われる人がほとんどです。その結果、もう何度も被爆体験を聞いている私たちはいつの間にか、広島の被爆を過去のものとして片づけてしまっているのではないかとどきっとさせられたのです。
青原さんの近所おじさんおばさんが「私ら歳じゃけえ、いつ死ぬかわからんし、広瀬小のみんなを撮ってくれんかね」とようやく重い口を開き始めてこの映画が生まれたそうです。日本がどんどん危険な方向に引きずられている現在、多くの高齢者が自らの戦争体験を語り始めています。（記録映画「蟻の兵隊」や「ひめゆり」など）青原さんの映画はこういう時代だからこそやらなければならない貴重な仕事だと思います。
平和憲法は、広島、長崎あるいは沖縄で未だに続いている戦争を繰り返さないために日本人自らが平和を希求した結果なのだと思います。戦争の現実からまったく隔離されてきたおボンボンであまり上等の脳みそを持ち合わせていない３世議員たちには戦争の汚さが想像が出来ないんでしょうね。「望郷」をみんなで応援しましょう！！！</description>
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         <pubDate>Sat, 05 May 2007 02:36:33 +0900</pubDate>
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         <title>「障害者イズム」ロケ</title>
         <description>今年から前作「障害者イズム」の続編を撮り始めた。
主人公の日原一郎さんが長いブランクの後活動を再開したのだ。
いつも面白いことを思いついてくれる人。
今回は「バリアフリーコーディネータ」なる事業を始めた。
自分自身重度の身体障害者であるが、長年の経験を元に
身体障害者の外出のガイドをしようというのだ。
車いすに乗っての買い物や食事。
こんな当たり前なことをするにも障害者の前には思いがけない
ハードルが現れる。自由な外出をしたことがない障害者も多い。
日原さんはそれらのハードルを低くする役割を買って出たのだ。
もちろん参加費の中からほんの少しだけど利益は頂く。
無給のボランティアではどこか自分に甘えが出てしまう恐れが
あるためだ。
もちろん、彼にも生活があるし。
４月２８日が初めての活動日。
内容は甲府から電車に乗って八王子までショッピング。
参加者はたったの２名だったが、みんな大満足。
久しぶりに彼らを撮っている我々もなぜか始終にんまり。
曰く言い難いけど、彼らといると元気になってしまう。
何故だろうか？
（やまだ）</description>
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         <pubDate>Tue, 01 May 2007 11:26:23 +0900</pubDate>
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         <title>すっかりさぼってしまいました。</title>
         <description>今日、ラオスから帰国しました。関野吉晴さんのグレートジャーニーに
同行する取材に行ってました。メコンの支流ウー川に面したカナ村という
人情味豊かな、つまり、時には朝から晩まで酒を飲ませてくれるような
素敵な村を中心にラオス浸りの２ヶ月でした。
PCを携行しづらいタフな旅だったのを良いことにすっかり日誌から
遠ざかってしまいました。すみません。
「puujee」はがんばって上映の輪を延ばしています。
何とぞお見捨てにならないようにお願いいたします。
以前お知らせした、チベットの少女は青海大学病院で無事に治療を受けられるように
なりました。一時は悪性の腫瘍かと思われた足の腫れも良性のものと判り、ほっと
しています。
（やまだ）</description>
         <link>http://puujee.info/blog/2007/04/post_24.html</link>
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         <pubDate>Thu, 19 Apr 2007 23:56:34 +0900</pubDate>
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