ストーリー      
 
 
1999年、探検家の関野吉晴は、南米最南端から人類誕生の地アフリカを目指す旅の途中モンゴルを訪れ、大草原を自在に馬で駈けるひとりの少女と出会う。
思わずカメラを構えた関野に少女は言い放った。

「写真撮るなら、こっちに来ないで!」
少女はプージェ−といった。当時6歳。自立心が強く、決して大人に媚びない態度に、関野は遊牧民の理想像を重ねてしまう。
足繁く訪ねて来る関野をプージェーの家族は温かく受け入れてくれた。
それから続いた5年間の交流の中で、関野は変わり行くモンゴルの現実を目の当たりにする。
社会主義にかわって導入された市場経済は貧富の格差を生み、遊牧民にとっては致命的な家畜泥棒が横行し、プージェーの家もその犠牲になる。

そして、大切な草原では市場価値の高いヤギの数を増やしすぎてしまったため、草が枯れ、モンゴルの家畜総数の10%が餓死してしまった。
そんな近代化の波に飲み込まれつつある家族を悲劇が襲う。
母の死、そして・・・これは、時代の波に翻弄されるモンゴル遊牧民5年間の記録である。
 
     
     
   
 
         
   プージェ一家との出会いと別れ   探検家・医師 関野吉晴  
 

世界中の様々な家族と出会い、交流を重ねてきました。印象的で、いつまでも付き合っていきたい家族、人物ともたくさん出会いました。ほとんどの人たちは私たち日本人とは離れた辺境の地で、その存在も暮らしぶりも知られることなく暮らしている人たちです。

彼らとできる限り同じ屋根の下で同じものを食べながら暮らしていくということに心がけてきました。
出会いから歓迎されることもありました。逆に最初は拒絶されたり、冷淡に扱われたりしたこともありました。それでもたっぷりと時間を掛けて待っていると、歌、踊り、酒宴などがきっかけで、お互いの距離が一気に縮まるという経験を何度もしてきました。

家族同然のつきあいを30年以上続けている家族、20年以上通っている村もあります。
その中でもモンゴルで出会った少女プージェー一家との交流は、特に鮮烈に心に刻み込まれました。
おばあちゃんスレンさんの心配りと優しさは心に沁みました。かつて豊かだった草原の遊牧生活への郷愁と、現在の遊牧民の苦しい状況と孫たちの将来について熱く語ってくれました。

苦境の中でも、母親エチデメグネグさんの外来者に対する海のような心の広さは変わりません。
母親としてなんでも包み込むような暖かさと温もりがありました。 家畜泥棒によって盗まれた大切な馬36頭を探すために着の身着のままで捜索の旅に出かけました。
草原の遊牧民には助け合いのネットワークがあります。ゲル(円形のテント型住居)があれば必ず泊めてもらえます。それでも人がいなければ寒空の中、コートを羽織っての野宿です。「辛くなかったですか。」と尋ねる私に「しょうがないでしょう。」とさらりと言ってのけます。困難さを避けるのではなく、うまくつきあっていく姿が印象的でした。

遊牧民の情報のネットワークを使っての泥棒探しはうまくいきません。それでもそれは計算済みであるかのように、再び馬探しに出かけます。なんて楽天的なんでしょうか。
そしてプージェーのひたむきで独立心旺盛で、大人やよそ者に媚びない生き方。それでいてとてもシャイで、母親の前では普通の甘えん坊の少女になってしまうプージェー。子供らしさの中に凛とした姿に心奪われながらつきあってきました。 しかし、その後この家族に次々と不幸な事故が襲いました。
その事故も市場主義経済をとり始めたモンゴルの変化と無関係ではありません。モンゴルの現代史の中を短く、鮮烈に走り抜けたプージェー一家を通して、モンゴル草原の現在を見て欲しいと思います。
 
         
   「出会う」ということ   監督 山田和也  
 

可愛い遊牧民の少女をカメラに収めようとする旅人。
知らず知らず仕事の邪魔をしている旅人に向かって少女は言い放ちます。
「写真を撮るならこっちへ来ないで!!」
それがプージェーと関野吉晴さんの出会いでした。

その出会いは旅人と被写体という関係では終わりませんでした。 6歳の少女の態度に遊牧民のプライドや誇りを強く感じた関野さんは、 プージェーの家に通いつづけます。
財産である馬が盗まれるという災難。祖父の死、そして最愛の母の死。
急速に変化していくモンゴルの平原そのもののように、プージェーの人生にも大きな変化が起こります。 歳月が流れ、プージェーと関野さんの関係も、旅人から親しいおじさん、そして家族同然の人へと変化していきます。
そして、プージェー自身の夢も変わります。プージェーは徐々に関野さんの祖国日本に興味を抱き始め、関野さんに同行している通訳のお姉さんに憧れ、自分も日本語の通訳になろうと思い始めたのです。
元々学校の先生になりたいと思っていたプージェーですが、彼女の夢は大きく飛躍しました。
初めて小学校に登校した日、黒板を見つめるプージェーの瞳の中に、夢に向かって歩いていく決意が美しいと言えるほど輝いて見えました。
関野さんがプージェーの遊牧民らしさに魅かれて始まったこの出会いは、結果としてプージェーに遊牧民にならないという将来をしっかりと選択させてしまいます。

人は人に出会うことによってお互いを変えてしまうこともあります。
そのことで、人生はより深く、多様性に富んだものになっていくような気がします。

人と人が出会うということ。
そこには、国境や国家で人と人をわざわざ対立させてしまう余計な概念が入り込む隙間がありません。
自然界では、すべての物がお互い作用しあい、常に変化していきます。人の世の出会いもそういうものなのではないでしょうか。

自然も人間も人生も多様です。
地球の片隅。誰も関心を抱かないで通り過ぎてしまう車窓の風景の中にも、
多くの出会い、変化、羽ばたきがあります。
この映画が、「人と人との出会い」そして「変わること」の重さを表現できていれば幸いです。