1:モンゴルのゾド(雪害) 1999年、2000年に厳しいソドが発生。この2年間で575万頭の家畜が凍死・餓死した。これは、全家畜頭数のほぼ1割に達する。
過放牧を引き起こした3つの要因:
@家畜数の急増A給水施設の不足B流通体制の崩壊
・市場経済への移行によって家畜の所有権が農民に移ったことに伴い、家畜は「個人の財産」として考えられるようになり、個人所有の増加あるいは不安定な経済からの自衛手段として、所有家畜数を増やすことに対する誘因が高まり、家畜数が急激に増加(10年間で30%増加。ただし、過去3年間はゾドに被害により減少している)したこと。
A給水施設の不足
・モンゴル全土に配置されている家畜用給水施設(井戸)の総数が1989年から1995年までの7年間で37%減少したことから、飲料水の確保ができないために、利用可能な井戸のある地域に放牧が集中したこと。
B流通体制の崩壊
・計画経済時代の集団農場を中心とした流通体制が崩壊し、農民自身が直接市場にアクセスする必要が出てきたため、都市近郊に放牧が集中したこと、があげられる。なお、A、Bの理由により約46%の草原が現在利用されていない。
  (モンゴル国ゾド対策に向けた地方牧畜業体制改善支援計画事前調査報告書 国際協力事業団)
   
国連人道援助調整局2000年3月15日 Situation Report
No.6
「モンゴルは、1999年の干ばつと9月より訪れた過去30年間で、最も寒いとされる冬の結果起こった『ゾド』という災害に見舞われ、繰り返す猛吹雪に草原が荒廃している。牧畜は遊牧民にとって唯一の生計の源であり、家畜は食糧でもあり、衣服や靴の原料でもあり、収入源にもなり、交通手段や貴重な燃料も供給している。家畜への大きな被害は彼らの生活に大きな打撃を与えている。モンゴル経済の要は牧畜であるため、このたびの被害は国内生産や貿易にも大きな打撃となっている。
ゾドの原因と現状
前農牧業大臣ウールドの意見書 2000年3月1日「ウドゥリン・ソニン」紙に掲載
  1:1992年以降のネグデル財産の私有化によって、牧民は冬の厳しさに備えるために、春から冬にかけて飼料を作る大掛かりな仕事をしなくなった。
2:1992年以降、国の経済状況が悪化し、国民の生活、健康、教育、文化の水準が落ち、その上干ばつになり、誰にもわかる悪い兆候(ゾド)が起きた時には手遅れだった。
3:ゾドに遭遇した後、草のない土地から牧民たちは草の豊かな土地に避難している。この牧民たちは、家畜の飼料を用意しないまま、越冬し、春を過ごし、僕地と水のあるところを充分に見極めず幕営した。そのため、牧民たちの多くは、ゾドに遭遇して初めて資料が足りないことに気が付き、気づいた時は貧困の中に陥っていた。
4:すでに、夏の干ばつに見舞われた地域では、今日草も植物もないような牧地で越冬し、被害を受けている牧民もいる。
5:ゾドが各地で多発し、本来そこにいた牧民と移動してきた人々が1つの地域で集中して幕営するため、一部の地域では家畜も人も住めない状況である。このことにより、貧困が拡大している。
6:ゾドがあったり干ばつがあった牧地から貧しくなって移動してきた人が、家畜を盗み、食べ物を奪うなど、窃盗の被害も生じ、倫理的な秩序が乱れている地域もある。
7:ゾドからかろうじて避難した牧民は、移動した地域の行政や面識のない人々との間に生じるストレスに悩みながら生活している。日常必需品の購買、経済的・精神的にも健康な生活を送ることができない。また、文化的な様々な社会サービスを受けられないことで社会から切り離されてしまっている。毎日の食事を食いつなぎ、何とか生活している状態である。
8:ゾドの被害から避難せず、地方に残った人、あるいは遠くに移動することのできなかった年寄り、小さい子供のいる牧家は、空を見上げ、牧地を見て、最後に飼い主を見つめて死んだ家畜を哀れんでいる。彼らは貧困に陥り、泣きぬれて生活の中で心身ともに疲労し、将来のことも考えられず、今をどのように生活するのか分からず、どうにもならない苦しみをかみしめている。
(「モンゴルにおける2000年春の雪害と今後の対策課題」塩見英恵HP)

   
   
   
2:モンゴルの農牧業 農牧業は就業人口の48.5%。GNPの35.1%をしめており、また国土面積(156万6、500ku)の82%が草原で、耕地は1%にすぎず、農牧業精算の約90%を牧畜業が占めている。
また、農牧業は輸出産品の44%を占めており、主な品目はカシミア、羊毛、皮革、毛皮である。 2001年の飼養家畜頭数は、ウシが約250万頭、ウマが約275万頭、ヒツジが約1、570万頭、ヤギが約1、180万頭、ラクダが約36万頭。
(モンゴル国ゾド対策に向けた地方牧畜業体制改善支援計画事前調査報告書 国際協力事業団)
3:国民健康保険 社会主義時代には保険医療費分野でも人口の90%に無料の医療サービスが提供されていた。しかし市場経済移行後は、医療予算の削減を理由に患者への医療費の一部負担制度が導入され、また医療設備・機器の老巧化が進み医療品不足や医療従事者の低賃金が問題となった。結果的に、特に農村地域での医療サービスは量的にも質的にも低下し、貧困層のニーズへの対応が困難となっている。
(貧困プロファイル要約 モンゴル国 国際協力銀行HP)
4:葬儀 残された家族達が泣くことは望まれない。とくに大声でなくことは禁じられる。涙が雨あるいは河となり、魂のいく手をはばむと解釈されている。魂が水地獄に行くともいわれる。(モンゴル草原の生活世界 小長谷有紀 朝日選書)